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東京地方裁判所 平成4年(む)615号 決定 1992年10月26日

主文

一  被告人甲に対する政治資金規正法違反被告事件にかかる刑事確定訴訟記録につき、平成四年一〇月一六日東京地方検察庁検察官が申立人に対してした閲覧不許可処分中、別紙目録1記載の記録部分についての閲覧不許可処分を取り消す。

二  右検察官は、申立人に対し、右記録部分を閲覧させなればならない。

三  申立人のその余の申立てを棄却する。

理由

第一  申立ての趣旨及び理由

本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、申立人提出の準抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  本申立ての記録及び関係記録によれば、次の事実が認められる。

1  申立人は、平成四年一〇月一四日、被告人甲に対する政治資金規正法違反被告事件(東京簡易裁判所平成四年い第〇一三四五号)の確定訴訟記録の保管検察官である東京地方検察庁検察官に対し、同記録(以下「本件保管記録」という。)の閲覧を請求した。

2  本件で申立人が閲覧を求める本件保管記録は、「衆議院議員である被告人が、法定の除外事由がないのに、自己の秘書と共謀の上、平成二年一月中旬ころ、東京都千代田区永田町の被告人の事務所において、乙から、公職の候補者である被告人の政治活動に関する寄附として、現金五億円の供与を受け、法定の制限額一五〇万円を超える政治活動に関する寄附を受けた」との趣旨の公訴事実で平成四年九月二八日東京簡易裁判所に公訴提起及び略式命令請求がなされた被告事件にかかるものであり、同日、同裁判所裁判官から略式命令が発せられ、同命令謄本は同月二九日に被告人に送達され、法定期間内に正式裁判の請求はなく、同命令は一〇月一四日に確定している。

3  東京地方検察庁検察官は、平成四年一〇月一六日付けで、「検察庁の事務に支障がある(関連事件の捜査に影響がある)」(刑事確定訴訟記録法四条一項ただし書、刑事訴訟法五三条一項ただし書)ことを理由として、申立人からの右閲覧請求を許可しない処分をした。

4  本件申立て後、右検察官は、本件保管記録中別紙目録2記載の記録部分について、その閲覧を許可することとし、その旨を申立人に通知した。

二 まず、本件保管記録中別紙目録2記載の記録部分(略式命令に関する手続部分)については、右のように、保管検察官が先にした不許可処分を既に撤回し、閲覧を許可しているのであるから、申立人は同部分についていつでも閲覧することができるのであって、既に申立人の申立ての利益は失われており、本件申立てのうち同記録部分についての本件準抗告の申立ては不適法となったものというべきである。

三 申立人は、被告人に対する本件政治資金規正法違反被告事件は「政治犯罪」であるから、保管記録の閲覧を不許可とすることはできない(刑事確定訴訟記録法四条二項本文、刑事訴訟法五三条三項、憲法八二条二項ただし書)旨主張する。

確かに、本件が著名な衆議院議員にかかる事件であって、広く政治的関心を呼んでいるとしても、本件が内乱罪などの国家の基本的政治秩序を侵害する罪でないことはもちろん、国家の政治的秩序を破壊しようという意図を持って行われたものでもないこと明白であるから、本件の罪は憲法八二条二項ただし書にいう「政治犯罪」に当らないと考えられる。

四 申立人は、刑事確定訴訟記録法四条一項、刑事訴訟法五三条一項ただし書に規定された「検察庁の事務に支障のあるとき」とは、記録の謄写中とか刑の執行のために使用中など、文字どおり事務手続に関する事由に限られ、「他事件の捜査への影響」などという理由はこれに当らないと主張する。

しかし、「検察庁の事務」には文理上検察事務と検察行政事務の双方が含まれると考えられ、関連事件の捜査がそのうちの検察事務に該当すると解せられる。すなわち、右法条に定められた裁判記録の一般公開は、裁判の公開の原則を拡充し裁判の公正を担保しようとする制度ではあるが、適正な刑事司法実現の要請からすると、関連事件の捜査や公判の維持に支障が生じるおそれがある場合においても、裁判記録公開の利益の方が優先されるべきであるとはいい難いからである。捜査の必要上一時的に公開が停止されることがあっても、それが直ちに刑事訴訟法、刑事確定訴訟記録法の趣旨に反するものであるとはいえない。

五 そこで、さらに不許可事由の存否について、本申立て記録、本件保管記録に当裁判所の事実取調べの結果をも合わせて検討する。

1 本件略式命令が発せられた以後、検察官に対、次のような被疑事件について告発がなされた。すなわち、① 被告人が本件五億円を竹下派所属国会議員六〇数名に配付し、関係国会議員がその配付を受けたことが寄付の量的制限に違反するとする政治資金規正法違反事件、② 被告人の政治団体が本件五億円の寄付受領について収支報告書に記載しなかったとする政治資金規正法違反事件、③ 被告人から本件五億円を配付されて寄付を受けた関係国会議員六〇数名の各指定政治団体がその受領を収支報告書に記載しなかったとする政治資金規正法違反事件、④ 被告人が本件五億円の寄付を受けながら税務申告をせず脱税したとする所得税法違反事件がこれである。

検察官は、現に右各事件等について捜査を継続中であるが、これら各事件の被疑事実は、本件五億円の受入れ状況、使途等と極めて密接に関連するので、本件保管記録中の資料の大部分は捜査中の各事件の証拠ともなりうるものである。

2 しかしながら、本件保管記録中、別紙目録1記載の部分は、これを申立人に閲覧させても検察庁の事務に支障が生じるものとは認められない。

すなわち、これらはずれもその内容がほぼ公開されており、容易にこれらの情報・資料を入手することが可能である。また、これらの資料が本件保管記録中に存在すること自体も関係者が容易に推知しうることである。したがって、仮にこれらの資料がすべて現在捜査中の告発事件等の証拠となりうるものであるとしても、これらを申立人に閲覧させることによって、それらの事件の捜査に不当な影響を及ぼすとは認められない。その他検察庁の事務に支障が生じると認められる事情も存在しない。

そして、当該記録中に閲覧に適しない部分と適する部分があるときは、前述のような確定記録の公開が認められている趣旨に鑑みると、原則として閲覧に適する部分に限って閲覧を許可すべきであろう。検察官が本件保管記録中別紙目録1記載の記録部分について閲覧を不許可にした処分は違法である。

3 一方、本件保管記録中右以外の公訴事実の立証に資する部分は、乙など供与をした側の供述証拠、被告人本人作成の上申書、元公設秘書丙など供与を受けた側の供述証拠やその裏付けとなる証拠等であり、これらの証拠を閲覧開示すれば、事案の性質上、申立人の意図は別として、供与当時の具体的状況が明らかとなって、罪証隠滅行為が容易となり、今後の捜査に困難が生じるおそれが十分にあると認められる。

したがって、現在これを申立人に閲覧させることは告発事件等関連事件の捜査に不当な影響を及ぼすおそれがあり、申立人の本件保管記録の閲覧請求権が制限されることはやむを得ないものと認められる。検察官が右部分について閲覧を不許可とした処分は正当である。

4 また、本件保管記録中被告人らの身上・前歴等に関する部分は、被告人及び他の関係人のプライバシーに関するものであって、これを申立人に閲覧させることは、一般に「関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害することとなるおそれがある」(刑事確定訴訟記録法四条二項五号)と認められる。そして、本件においては、被告人らの身上・前歴等に関する部分が本件事案の理解、解明に必要であるという特段の事情もない上、本件閲覧の目的等に照らせば、右部分の閲覧については申立人が「閲覧につき正当な理由がある者」(同項ただし書)であるとは認められないから、検察官がその閲覧を不許可とした処分は正当である。

六  以上のとおり、本件申立てのうち、別紙目録1記載の記録部分についての閲覧不許可処分の取消しを求める部分は理由があり、その余の申立ては不適法ないし理由がないので、刑事確定訴訟記録法八条、刑事訴訟法四三〇条一項、四三二条、四二六条二項、一項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官中西武夫 裁判官大島隆明 裁判官中村さとみ)

別紙(目録1)

一 秘書名簿写し(一枚)

二 《日経 WHO'S WHO》で始まる書面(一枚)

三 新国土開発研究会に関する政治資金規正法六条、七条に基づく届出書及び同法一二条に基づく報告書並びにこれらの添付書類の各写し(全八二枚)

四 山梨県選挙管理委員会作成の平成四年九月三日付け捜査関係事項照会回答書及びその添付書類中の左記標題の書面(回答書を含め全二一枚)

「出納責任者選任(異動)届」

「選挙運動費用収支報告」

「選挙運動費用収支報告書」

「領収書等を徴し難い事情があった支出の明細書」

「選挙運動費用収支報告書の記載についての注意事項」

(目録2)

一 略式命令の謄本

二 略式手続の告知手続書及び申述書

三 弁護士阿部昌博作成の上申書

四 甲作成の上申書(検察官A作成の「略式手続の告知」と題する書面添付のもの)

五 検察官A作成の捜査報告書(略式手続告知に関するもの)

六 弁護人選任届二通

七 事件記録表紙三枚

八 郵便送達報告書

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